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札幌地方裁判所室蘭支部 昭和33年(わ)11号 判決

被告人 湯野盛英

主文

被告人を禁錮八月および罰金五千円に処する。

被告人が右の罰金を完納出来ない場合には金五百円を一日の割合に換算した期間右の被告人を労役場に留置する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は昭和三十二年六月頃から北海道日産自動車株式会社室蘭営業所のセールスマンとなり同店に勤務していたものであるが、未だ正規の運転免許を受けていなかつたものであるところ、

第一、同年十一月二十七日午後七時頃、白老郡白老町字白老第一石山、後藤慶助方に於いて、同人等と共に酒食の供応を受け被告人は清酒約五合位を飲んだ後、右後藤方より帰宅するに際し、右後藤の所有に係る小型貨物自動四輪車(通称ニツサン・ジユニア・室四は〇四二八〇号)を右後藤の弟駒之助が運転し被告人はこれに便乗し国鉄白老駅に至らんとし、右同日午後八時過頃右後藤方を立出で右の自動車の運転台に被告人および後藤慶助とその弟駒之助と三名で乗車し右後藤方より約一・五粁位の距離は運転免許を有する後藤駒之助が運転していたのであるが中途から被告人は右駒之助にかわり運転し度き旨申出でてこれにかわり被告人が操縦運転することとし、被告人は法令に定められた正規の運転資格をもたないのみならず当時前記の様に飲酒していたので酩酊のため正常な運転が出来ないおそれがあるのに拘らず、右の自動車を運転し白老川橋(交替地点より約一・五粁位)附近より国道三十六号線に出で、同国道は当時最高制限時速三十五キロメーターであるのに拘らずこれを超えて時速約六十キロメーターにて進行し国鉄白老駅(前記後藤方より約四粁位の距離にあり)より約六百メーター西方附近の箇所(白老川橋より約一・一キロメーター)まで合計約二・六キロメーターの距離を運転して各無謀操縦をなし、

第二、右同日午後八時五十分頃、被告人の運転する右自動車が白老町谷島哲郎方前道路附近に差蒐つたところ進路前方約五十メーターの道路中央より稍々右側を酩酊せる山田国作(当時二十八歳)が同一方向に向つて酔余蹣跚として歩行しつつある姿を認め被告人はその左側を追越し通り抜けんとしたのであるが、同人が酩酊しているため、不用意に被告人の運転している自動車の前面にいつなんどき進出してくるかも知れないという不測の行動に出でる虞が多分にあることを被告人は察知したのであるが、かかる場合、被告人は運転資格なき者であるから即時停車し、有資格者と交代するか乃至は警音器を充分吹鳴して、あらかじめ充分警告を与え、更にその自動車の速度を低減徐行し、同人との間隔を十分にとるのは勿論、同人の動静に終始注意し、若し不用意に自動車の前面に進出して来ても、直ちに停車してこれを避譲し得るような措置を講じつつ進行する等、事故の発生を未然に防止すべき義務があるのを被告人は充分承知していたのに拘らず、これらの注意義務をいずれも怠り、警音器の吹鳴をせず、また減速徐行の措置もとらず、時速約六十粁の速度のままにて漫然操縦運転を継続するという重大な過失を犯し、剰え右山田国作の後方に被告人の車が近接した際、同人の左側方を追越しうるものと軽信し、車を同人の左側方に向けんとして、ハンドルを一旦左に切つたところ同人は後方より被告人の車が進行し来たるを知らずよろめいて左側に寄つたので被告人はこれを認めて狼狽の余り、ハンドルを咄嗟に右に切換えて同人を避譲しようとしたところ、右山田国作も亦右方に向つたためついにこれを避けえず前記小型自動貨物四輪車の前照灯附近にて同人を背後よりはね飛ばして路面に激突させ、よつて同人をして頭蓋底骨折兼頸椎骨々折によつてその場で即死するに至らしめ。

第三、更に被告人は右判示第二の如く、自己の操縦運転にかかる小型自動四輪車の交通により右山田国作を即死せしめるという殺傷の結果を生ぜしめたのに拘らず、その頃右被害者山田の救護ならびに該事故を右事故発生地を管轄する警察署の警察官に所定の届出をなさず且つ何等の指示を受けることなく現場を立去り、以つて必要な措置を講じなかつたものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人の判示第一の無資格運転の点は道路交通取締法第七条第一項、第二項、第二号、酩酊運転の点は同法第七条第一項、第二項、第三号、最高速度制限超過の点は同法第七条第一項、第二項第五号の各法条および同法第二十八条第一号に、判示第二の重過失致死の点は刑法第二百十一条後段に、判示第三の必要措置を講じなかつた点は、道路交通取締法第二十四条第一項、第二十八条第一号、同法施行令第六十七条第一項、第二項にいずれも該当(罰金科料等については罰金等臨時措置法第二条第三条を適用)し、判示第一の各無謀操縦の所為についてはそれぞれ罰金刑を選択し、判示第二の重過失致死の所為については禁錮刑を選択し、判示第三の必要措置を講じなかつた所為については懲役刑を選択し、以上はいずれも刑法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条本文同但書第十条によつて最も重き判示第二の重過失致死の罪の刑に併合罪の加重をし且つ同法第四十八条第一項第二項によつて罰金刑をも併科することとし、所定の刑期および罰金額の範囲で被告人を禁錮八月および罰金五千円に処する。

なお被告人が右の罰金を完納出来ない場合には刑法第十八条を適用し、金五百円を一日の割合に換算した期間右の被告人を労役場に留置する。

(訴因についての判断)

(一)、本件判示第一の各無謀操縦と判示第二の致死ならびに判示第三の必要措置を講じなかつた点との各所為の間の罪数について。

右は観念的競合(一所為数法)でなく、刑法第四十五条前段の併合罪と解す。

すなわち、被告人の(一)無免許運転と(二)酩酊運転と(三)最高速度制限超過運転との各所為は刑法第五十四条第一項前段に謂う「一個の行為ニシテ数個ノ罪名ニ触レ」る場合ではない。

運転免許を受けていない無資格者が自動車を運転する行為と飲酒酩酊して自動車を運転する行為と一定の場所において最高制限時速を超過した時速にて自動車を運転する行為とはいずれも別個の行為であり、これらの行為がたまたま機会を同一にして発現することがあり得るものでこれはそれぞれが別個独立の無謀操縦であり、同一の自動車を同一の場所において運転するという点では一個の行為と見ることが出来るのであるが、その運転行為に対して無免許とか、酩酊とか制限時速超過という各別の要件が附加することにより機会と場所を同じくするも、具体的行為の態様は別個のものと観念するを以つて正しい認識と解する。処罰規定の構成要件としては別個であり、一個の行為にして数個の罪名にふれるものとは解し得ない。むしろこれらはいずれも刑法第四十五条前段の併合罪と解する。

判示第二の過失致死の行為においては右判示第一の各無謀操縦が過失の内容又は近因となる場合もあることは想像するに難くないのではあるが本件の場合においてはそれのみならず直接事故発生直前の注意義務の懈怠ということによつて本件被害者に本件の車体を激突せしめているのであつて、前記判示第一の各無謀操縦と同一の所為ではない、この点および判示第三の所為も前各所為と同様別個独立の所為と観念すべきである。

よつて本件判示第一の各無謀操縦相互間ならびに判示第二の重過失致死と判示第三の必要措置を講じなかつた行為との間にはいずれも刑法第四十五条前段の併合罪の関係が成立すると解する。

(二)、被告人の判示第二の過失致死の所為は業務上過失致死なりや重過失致死なりやについて。

右の点については業務上過失致死に非ず、重過失致死と解す。

すなわち、前掲各証拠によれば、被告人は単なる自動車のセールスマン(販売人)に過ぎず、自動車の運転をその業務としてなす者とは解し得ない。又実際上も、自動車の運転を継続的乃至身分的になす地位にある者とは解し得ない、それ故単に前記認定の如き重大なる過失により致死の結果を発生せしめた者として有罪認定したのである。

しかして、検察官は右(二)の場合については当初、業務上過失致死として起訴せられたのであるが後に予備的訴因として重過失致死の点を追加せられ、この点予備的訴因について有罪認定をしたので業務上過失致死の点については特に無罪の言渡をしない。以上によつて主文の様に判決する。

(裁判官 藤本孝夫)

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